◆ 福島原発の事故がなかったら・・・ | イタリアよもやま話

◆ 福島原発の事故がなかったら・・・

福島原発の事故さえ起こらなければ・・・と福島県下の方々は思っていることでしょう。
本当にその通りだと思います。起こしてはならない事故でした。
でも、福島で起こさずとも、近年中に大震災が予測される地震大国日本で54基もあったのなら、
いずれはどこかで起こす事故であるとも言えます。
そして、まだ国内の原発が稼働している限り、
日本列島が今の場所にある限り、
すべての人間が間違いを起こす動物である限り、
日本中の人にとって
福島の今は『明日はわが身』の状態であるとも言えます。

全く平和ボケしていたオメデたい私は、
福島の原発事故があるまでは、日本の原発は数基だけだと思っていました。
数基あるという事実すら由々しき問題であるのに、
それが実は国内すべての地方に渡って54基もあると知りました。
それで、ブログに記事を出したりしたのですが、
ブログに書いているだけでは、この問題に興味のある人しか見に集まってこない、
興味のある人には訴える必要はないのです、
知らない人に訴えねば、もっと積極的に訴えていかねば、と思い、
日本の親戚・友人へメールを送り続けました。
その中でも一番共感してくれたのは私の母で、私のメールをありとあらゆる友人に回し、
そこからまた新たなメールが私のもとへ戻ってきたり、と活発な情報交換が行われました。
それだけではやっぱり自己満足に終わってしまうので、
3月の時点では電子署名のなかった浜岡原発反対サイトから署名用紙をダウンロードして
イタリアで細々ながら署名運動したりしていました。
この8月が署名の一旦の締め切りだったのですが、
なんとその署名された用紙を送り返す間もないままに、浜岡の運転停止となった訳です。
この決断がきっと日本中の原発を停止、廃止につながると喜んだのですが・・・・。
(署名用紙は、浜岡の永久廃炉請願のためにも役に立つとのことで、一応送りました。)

福島の原発事故はまだまだ続いていますね。
一旦起こってしまったら収拾するどころか、取り返しのつかない大惨事となってしまう、
その被害の大きさは、未来にまたがり、はかり知れない・・・
今現在、完璧な解決策が見つからない大問題として事故基を抱えながら、
それでも原発廃止を考えない政府、
これで、福島原発がちょっとでも今の状況より落ち着いたら、
のど元を過ぎ去った熱さとして、事故のこと忘れてしまったフリをされるのがオチです。
そして世間の皆が忘れかける頃に浮上する被爆者たち。
匂いも色もない、目に見えない放射能に冒され、
その
原因も発生期もはっきりと証明できない病に苦しまされる被災者の方々は?
一体、何年、何十年、何百年先の日本人までに、このツケは回るのでしょうか。
この上、また明日にでも起こり得る大地震で、どこか西日本の別の原発も同じ状態になったら、
日本は、もう破滅でしょう。そういう危険すら敢えて冒そうとする日本政府。
メルトダウンしてもすぐに教えてくれない、
全国の放射能値が見れるサイトでも、
福島県の放射能値だけがずっと白紙だった時期はすごく長かったですよ。
一体何の為の公開サイトでしょうか。危なくなると情報を隠す。
意味無いですね。
そしてそんな福島の現状を見つつ知りつつ、
原発増設を強行しようとする他地方の電力会社と地元の金の盲者たち。
自分の会社が東電のような状態にならないと、一体、どういう確信のもとに原発再開を主張するのでしょう。東電ですよ、東京電力。首都の電力会社であのザマです。

「何故、日本はこんな大事故が起きているのにすべての原発を廃止しない?」
イタリアで皆に訊かれます。
本当に返答に困る。母国日本をかばいたいけれど、かばう要因がない。
日本だけじゃない、世界中の人のものである海や、空気を、汚染し続けているのだから。

皮肉なことですが、この原発事故のおかげで他国では原発離れが急速に進みました。
イタリアは、87年にあった国民投票でそれまで数基あった原発を廃止しているのですが、
ドスケベ
・ドアホ専制君主ベルルスコーニ首相の率いる政府が原発振興を唱え始め、
危険を感じた野党が署名を集め、国民投票にまでこぎつけました。
福島の事故が起こる前から予定されていたことです。
でも、もしも、福島の事故が偶然にも投票前に起きていなかったら
この国民投票での勝ち目は少なかっただろう、というのが皆の本音です。

イタリアの国民投票では、投票権のある全国民の50%が投票に出向かなければ、
投票結果が無効となるのです。
つまり、原発推進派の政府にとって、彼らが勝つ方法は二つもあったわけです。
一つは、投票数が50%を割って無効となること。(強いて投票へ行かないこと)
もう一つは、投票数が50%を超えていても、原発推進に賛成する投票数が過半数を超えること。
で、あのドアホのしたこととは、
彼の持つメジャーテレビ局3局では、一切国民投票のことを喋らなせないこと、
新聞メディアも原発推進側にまわらせて、投票に関する正確な情報を書かせなかったこと、
イタリア中が待ちに待った夏休みに入った時期を選んで投票日を設け、
国民に「海へ行け、山へ行け」とあの手この手で促したこと、
等でした。
国民投票の性質上(政府の決めようとしていることを、国民が疑問に思い、直接投票する)
過去の国民投票でも、政府は同じような策をとりましたが、
今回はメディア王のベルルスコーニのやることですから、更に顕著でした。

もちろん、原発の有用性を声高にアピールすることは忘れていませんでしたよ。
原発を建てる候補地だって、もう去年くらいから囁かれていたのです。
日本もそうですが、イタリアも、できると決まると、いくら地域の住民が反対したところで
強硬につくってしまいます。
どんなにシツコイ反対運動でも、そのうちに一人、また一人、と買収され、
その数がどんどん減り、勢いを失くして負けてしまうというのが筋書きです。
ですから、去年の状態では、原発に関してもそうなるのではないかという見解でした。
チェルノブイリ事故で放射能の雲がやってきて、原発廃止を決めた国民にも、
いかに原発を持つことが危険なことなのか、という実感が、
20年以上前の昔話になりつつあったからです。

そこへ福島の事故です。

国民投票では4つの法案について投票することになっていたのですが、君主ベルルは、
「国民は今起こった原発事故に感情的になっている。感情的な決断をすることは国のためにはならないから原発再開の是非についての問題は投票から除いて、いったん白紙にもどし、またいつか検討し直そうじゃないか」
などと言いだしたのです。
これが、日本では「ベルルスコーニ、原発振興を無期限で凍結」と報道され、
なんや、ベルルも話の分かるヤッチャな、と思った方も多いでしょうが、
実は、単に国民投票で白黒はっきりさせられるのを避けたかっただけ。
そうして一時逃れしておいて、
イタリア人の脳裏から福島の事故が消えた頃に、またぶり返すつもりだったのですよ。
この時を境に、巷では、いろんなデマが飛び交い、実際、
原発の是非については投票題目から除かれた、などというデマは、最後の最後まで回っていました。
その後も、癌治療の一番の権威である有名な外科医が
「原発は100%安全でクリーンなエネルギーだ。」
と言い切ったし、
「FUKUSHIMAの事故は建設する場所を間違えたから起こった。
このことによって

原発は場所さえ選べば安全なものだということが証明された。」
などという中一レベルの数学でもしないような証明を公の場で行ったのは、
やっぱりベルルでした。

結果、投票率が57%となり、
投票した人の大半が原発廃止制を維持することに賛成し、
イタリアは救われました。
ベルルやその他の政治家は棄権。卑怯なだけでない、国民として、政治家として、一番大切な投票権を放棄することを公言するとは。)
その後、ベルルは「女はやめられんが、原発はやめる」とか言ったそうで、世間ではそれを微笑ましく見る人もいたようですが、ベルルがやめたんちゃうで!彼は断念させられたんやで!

あの権欲と女と金の盲者ベルルが、国民をたぶらかしてまで必死に推進しようとした原発です。
その事実だけですでに、原発推進の裏にある不当性が証明されていると言えますから、
原発に反対するには十分な理由になります。